たけのこたけのこ、ニョッキッキ!
昔々の日本のどこかで巻き起こる、タケノコを巡る山奥の村の大騒動。
創作民話ならではのリズム感の良さとダイナミックな面白さ、味わってみるのも乙ですよ。
簡単なあらすじ
海から遠く離れた山奥の平和な村に大事件発生。
天まで届けと言わんばかりにぐんぐんのびる巨大タケノコが現れ、その先っぽに掴まったまま降りられなくなってしまった主人公の男の子たろは絶体絶命、大ピンチ。
だれかーっ、たーすーけーてぇ~~~~!!
村人総出で、たろを救うべく奮闘しますが、果たしてたろの運命やいかに!?
絵本の紹介
巨大タケノコにただただ圧倒される……
実際のタケノコが数日で何メートルも成長する事は有名な話ですが、この巨大タケノコの成長具合はその比ではなく、ほんの1日足らずで雲を突き抜けるサイズへ到達。
その先っぽに丸一日しがみつくだなんて、高所恐怖症でなくともブルブルッときます。
世界一高いタワー、ドバイのブルジュ・ハリファ(829.8メートル)の先端部を掃除する番組をテレビで見た事がありましたが、いやもう画面越しですら、恐怖が半端ない!
それを更に超えるレベルで伸びてしまったタケノコの先っぽに掴まる羽目に陥ったたろときたら、素手だし、丸腰だし、ヘリコプターも存在しない昔話の世界だし、どうやったら助かるのか、先が全く見えません。
基本横開きの絵本が、巨大タケノコとその先っぽに掴まるたろの姿を縦開き2ページで描く場面がありまして、そのページのパノラマ感には気が遠くなりそうです。
ひえーっ、高いよ……落ちてしまったら一巻の終わり……。
子供にとってはハラハラドキドキ、手に汗握る展開です。
このタケノコ、完全なる突然変異みたいなんですよ。
民話系あるあるの、妖怪による悪さとか、神様からのバチが当たったとか、そういう前置きは一切なし。
自分の誕生日のご馳走として食べる為に、たろはタケノコ掘りに来ただけ。
掘っている最中に、上着をひょいとそばのタケノコに掛けたら、それがまさかの巨大化。
何の前触れも説明もなく、いきなり大きくなりだすので、読んでいるこちらもたろと一緒に「え、何で!?何が起こってるの??」と大混乱。
しかし、植物である巨大タケノコが何か喋る訳もなく、あっという間に空の上へ押し上げられる展開……この理不尽なまでのたろの運の悪さには同情したくなりますね。
せっかくの誕生日なのに、散々な目に遭うたろが不憫なような、却っておかしいような……。
たろの父さん母さん、そして村人達が総出でたろを助けようと奮闘!
皆で鉈を手に、タケノコを根元から切り倒そうとする、最も単純明快な手段を採用します。
やる事がワイルドでしょ~!
確かに登って助けに行けるレベルではないので、やむを得ないのかもしれませんが、読んでいるこちらとしては「えーっ、切っちゃうの!?」と驚愕ですよ。
それ、大丈夫なの?
切っちゃって平気なの??
だって、たろはどうなっちゃうの、待って待って待って???
しかし、読者(私)の乱れる心などお構いなしに切り倒され、地響きと共に倒れていく巨大タケノコ。
必死に耐えてしがみついていたたろは無事なのか、それとも……!
創作民話としての魅力
この絵本、1963年初版とかなり古い作品でして、絵柄は一見古めかしくて、今時の流行りからは外れているかもしれません。
けれど、描かれた線が素朴ながらもとても伸びやかで、描かれる登場人物達が画面の中を生き生きと動き回る、いい絵なんですよ。
長く愛される絵本の条件には、絵だけでもあらすじが把握できる事、があると思うのですけれど、この絵本はまさにそれ。
表情のひとつひとつも、血が通っているというか、本当にいるその辺の子供やおじさんおばさんの顔を写し取ってきたかのよう。
個人的には、ラスト近くで出てくる酔っぱらいの赤ら顔が、親戚の集まりにいる酔っ払いのおじさんと重なって、親近感があります。
横開きのぺーじをめくっていると、絵巻物を紐解いているような錯覚がしつつ、絵の動きは現代のモノ、という組み合わせ方も素晴らしいですね。
また、話の緩急のつけ方が上手……こちら、松野正子さんによる創作民話なので、本物の民話と違って、スピード感が現代の感覚に近いのかもしれません。
それでいて、本当に昔から語り継がれてきた話なのではないかと思えるレベルの民話としての面白さと破天荒さ。
民話にはやはりある程度の破天荒さ、そんな馬鹿なと思わず身を乗り出してしまう型破りな一面が必須ですが、こちらは巨大タケノコの存在が見事にクリア。
山の恵みの巨大タケノコが、海の恵みをもたらし、村の繁栄をもたらす結末は読後感が良く、「めでたしめでたし」で締めくくられる安心感があります。
子供にとっては、この予定調和が心地良いでしょうね。
村人みーんな良い人達!
個人的に、たろの父さん母さんだけでなく、村人達全員がたろの為に一致団結して一生懸命奮闘する様が、人間関係が希薄になりがちなこのご時世にはなにやら新鮮です。
タケノコが倒れた時、たろの無事を確かめるべく一斉に走り出す村人達……いやー、みんないい人達ですね~~。
村社会の濃密な人間関係のプラスな一面を絵本に見た気がします。
小さな貧しい山奥の村だからこそ、みんなで助け合う事が大切。
村が豊かになっても、みんなで助け合って幸せに暮らしている姿を示唆する結びには、ホッとしますね。
いや、私が心の汚い大人になってしまったからでしょうね、急に豊かになると争いが生まれる気がしてしまうもので……。
我が家の読み聞かせ
私はこの絵本を子供の頃から大好きなので、つい我が家での読み聞かせにも我ながら迫真の演技で力が入り、1人学芸会状態してます。
読み聞かせは子供の為のモノ、ゆっくり子供自身の心の中でかみ砕いてもらう為にも、読み方は客観的に、そしてフラットさを保つようにはしていますが、そのラインのギリギリまで攻めるつもりで、濃い目に味付け。
いや、折角これだけスケールの大きなタケノコの話なんですから、その迫力と面白さを余すことろなく伝えなければ、と張り切ってしまうんですよ。
倒れ伏したたろをかあさんが見つけて声をかける場面は、母親としてのスイッチも入り、声が裏返る勢いで演技しています。
我が家のちびっ子兄弟からすると、この絵本を読んでもらう時は妙に母親のテンションが高いな、くらいにしか思っていないかもしれませんけど……。
息子達は、この絵本をきっかけにタケノコに興味を持ち、近所で竹林を見かけると「巨大タケノコが伸びてきちゃう!」と大騒ぎ。
現実にはそんな巨大タケノコは伸びてこないと悟るまでは、タケノコに触るのも恐れていましたよ。
タケノコを見かけたり、絵本を読み終わった後に「ほらほら、タケノコに触ってみる~?」とからかうのが面白かったので、息子達が成長してひとつ賢くなってしまったのは少々惜しいですが、「こんなタケノコが家の床から生えてきたらどうする!?」と問答するのが、今のお楽しみです。
まとめ
「ふしぎなたけのこ」は感情がジェットコースターに乗せられたかのように、ハラハラドキドキワクワク、笑いあり涙あり、振り回されっぱなし〜。
創作民話ならではの現代感覚があるからこそ、この勢いの良さがあるのかもしれませんが、それを受け入れる民話の世界観の柔軟さと懐の深さにも改めて気付かされます。
今の良さも昔の良さも、両方いいとこどりした「ふしぎなたけのこ」、読まないなんて勿体ないですよ、ぜひ1度手にとってみてくださいね。
作品情報
- 題 名 ふしぎなたけのこ
- 作 者 松野正子(文)・瀬川康男(絵)
- 出版社 福音館書店
- 出版年 1963年
- 税込価格 990円
- ページ数 28ページ
- 我が家で主に読んでいた年齢 4~6歳(『ももたろう』が読めるようになったら、そろそろこれも読めるはず)