みなしごのライオン「ブルブル」と母親代わりの犬「ムクムク」、母子の愛の物語。
国民的アニメ「アンパンマン」で有名なやなせたかしさんが作者ですから、可愛いライオンの赤ちゃんを愛でるのかな~~~、なんて思った方……甘いです!
見た目通りのほんわか系絵本かと思ったら、大間違い!!
この絵本には、種を超えた母子の愛と絆、暴力のむごさと悲しさ、人間の業の深さが、ギュギュッと詰まってます。
『やさしいライオン』というタイトル、これがなんと皮肉で、胸に堪える事か……。
子供向けの絵本と言う枠を遥かに超えた衝撃の結末は涙なくして読めません。
どうぞハンカチをご用意くださいませ。
簡単なあらすじ
動物園で親を亡くした子ライオンのブルブルは、お母さん代わりの犬ムクムクに育てられて、やさしいライオンへと成長します。
大人になったブルブルはやがて遠くの動物園へ贈られる事になり、ムクムクと離れ離れに。
そして、更に時が経ち、今やブルブルはサーカスの人気者になっていました。
ブルブルが毎夜思いを馳せるのは、ムクムクの優しい子守歌。
今日も檻の中で休むブルブルは、ふと気づきます。
あれ、遠くからムクムクの歌声が聞こえる……??
絵本の紹介
種を超えた2匹の母子の愛と悲劇
ブルブルはライオン、ムクムクは犬。
本来ならば、種が違う2匹が関わりあう事などなかったはずでしょう。
けれど、養い子と養い親として共に時間を過ごし、2匹は親子の絆を築いていきます。
子守歌を歌うムクムクの背におんぶされるブルブルの安心しきった寝顔……。
血の繋がりがなくとも、親子として過ごした幸せな時間の象徴が、ムクムクの子守歌。
ムクムクと生き別れたブルブルが、子守歌を再び耳にして、ムクムクに会いたいと思うのは、心が繋がっていた親子として、ごく当然の気持ちですよね。
「母」であるムクムクにもう1度会いたい一心で、檻を破って飛び出すブルブル。
かすかに聞こえる歌声を追って、町の中を駆け抜け、雪山へ横たわって死にかけているムクムクの元へ駆けつけます。
でも、人間から見れば、ブルブルの事情など知るはずもなく、サーカスから猛獣のライオンが逃げた大事件として、小さな町は大混乱!
ブルブルの後ろに追手として放たれるのは、銃を担いだ兵隊達。
もうこの時点で、物語の行く末には嫌な予感がひしひししますね……。
そもそも、動物園に送られたはずのブルブルが、どうしてサーカスにいるのでしょう?
野良犬ではないはずのムクムクが、どうして雪山で死にかけているのでしょう?
絵本には詳しい背景を描かれてはいませんが、2匹が自分で選んだ選択のはずもありません。
だって、2匹は人に飼われていたはずで、自由の身ではないはずなのですから。
抗えぬ運命に翻弄されるライオンとしての一生、ムクムクとの出会いと別れ、再会の全ても、人間に飼われていたが故。
ブルブルの喜びも悲しみも、結局は全て人間が原因となっているのです。
結局、ブルブル自身は最期まで誰を傷つける事もなく、再会したムクムクを抱きしめたまま、追ってきた兵隊が向ける銃口の前に倒れます。
とことん人間の身勝手さに振り回された一生だったとしても、ブルブルの心はブルブルだけのもの。
ぜひ見てほしいのは、雪の中で抱き合うブルブルとムクムクの場面。
撃たれて倒れ伏す2匹の尻尾がしっかりと絡まりあっているんです。
もう絶対に離れない、ずっと一緒にいるよ、と尻尾に語らせるやなせさん。
ブルブルは最後の最後に、大好きなムクムクと一緒にいられる自由を得たんですね。
それは死と引き換えの自由でしたけれど……。
まさか、こんなにほっこりした挿絵の絵本で、人間の業の深さが垣間見えるとは……テレビの正しく明るい「アンパンマン」に慣れ過ぎて、油断してましたよ。
いやー、ちょっと軽く見てました、反省です。
悲劇の予兆は他にも……
そういえば、悲劇の予兆は読む前からありました。
絵はのびやかでチャーミング、ブルブル達の目はまつ毛バシバシでキラッキラ、とっても可愛いんですよ。
しかし、色使いがノスタルジーを掻き立てるというよりも、不安を掻き立てるんですよね。
たとえば、この表紙は夕焼け空を連想するピンクと鮮やかな水色の対比。
なんでしょうね、ピンクは本来幸福なイメージのはずなのに、少し紫が入るせいなのか、この色の組み合わせに感じる不安は……。
夕日に照らされる2匹の仲睦まじい姿に差す逆光の影にも、不穏な気配を感じます。
ページをめくっても、太陽の明るい光が描かれる場面は少ないんです。
ブルブルとムクムクの出会いこそ青空の気配がありますけど、ほとんど夕暮れや夜の月明り、電気がもたらす人工の光ばかり……次に太陽の日差しが降り注ぐのは、ブルブルとムクムクが再会したわずかな時間だけなんですよね。
2匹にとって、未来への憂いもなく、青空の下で過ごせるのは無邪気な子供時代、そして、一緒にいる自由を永遠に得た時だけだったのかな。
更に、キャンバス、もしくは目の粗い布か何かに描かれているようなタッチが、この絵本に独特の表情を出しています。
まるでライオンの脳裏に浮かぶ走馬灯を共に見ているかのような錯覚。
やなせたかしさんは言葉ではなく、絵の中にこのお話の結末を示唆する要素を沢山散りばめているんですね。
これは、文章だけでなく、視覚での情報を盛り込める絵本ならでは。
文字を読めない幼児にも、絵でメッセージを沢山送っているんです。
兵隊、つまり軍隊が振るう暴力
ブルブルを追う兵隊の描き方も、近年の絵本にはない暗さがあります。
そもそも、主人公が銃殺される結末の絵本なんて、他にはなかなか見ない作品ですよ。
ブルブルがどんなに優しいライオンだとしても、それを知らぬ人々からすれば、見た目はただのライオン、つまり猛獣です。
人間側の言い分として、猛獣が檻の外へ逃げ出した以上、銃殺はやむを得ない決断なのかもしれません。
そして、兵隊は、町の人達を守るのが仕事。
命令にも絶対服従、個人としての意思を捨てるのが軍隊です。
「撃て」と言われたら、撃つ以外の選択はまず取れないのが、兵隊なんですよね。
しかし、どんな事情や葛藤があったとしても、暴力とは、振るわれる側にとっては理不尽極まりないものです。
隊長が号令する「うて!」という言葉が、目の前の命を容赦なく切り捨てる恐ろしさ。
ライオンを「処分」した事で、人間の町には平和が戻ったかもしれません。
けれど、この絵本を読んだ子供達にとって、その平和は諸手を挙げて賞賛できるものでしょうか?
やなせたかしさんのすごい所は、この絵本をお涙頂戴ストーリーに終わらせずに、暴力への警鐘、人間のエゴを子供に突き付けてくる事にあります。
その真意がすぐにはわからなくても、子供の心に引っかかるものがきっとあるはず……。
ブルブル達の悲劇に感じる心の引っ掛かりが何なのか、成長する内に少しずつ理解していくプロセスが、この絵本を読んで得られる大きな収穫なのでしょう。
やなせたかしさんの実体験を映した絵本
冒頭でも触れた通り、作者はアンパンマンでご存じのやなせたかしさん。
アンパンマンと言えば、日本でアニメを見た事がない子供は少数派、というくらいの人気者ですよね(ちなみに下のアンパンマン映画は、この絵本のブルブルをモデルにしたオリジナルキャラクター、ライオンの子供のブルブルが出てきます)。
けれど、テレビアニメでお馴染みのアンパンマンと『やさしいライオン』は大分趣きが違います。
と言うよりも、本来のやなせたかしさんは絵本に人間の綺麗な部分も汚い部分もちょいちょい織り込んでくる方。
テレビアニメ化して万人受けするように変化してしまったアンパンマンの方が、むしろ少々異質なんですよ。
この絵本は、やなせたかしさんご自身の経験に基づいている事でも有名です。
ブルブルとムクムク、種の違う2匹の間に育まれた母子の愛情は、やなせたかしさんご本人が5歳で父と死に別れ、7歳で母とも離れて、伯父夫婦に引き取られた経験が反映。
実の両親への思慕、養い親の伯父夫婦からの愛情への想いが垣間見えるようですね。
また、ブルブルが兵隊に追われ、銃殺されるくだりは、自身の従軍経験、そして2歳下の弟の戦死による悲しみと衝撃、という戦争の影が反映。
生前、やなせたかしさんは戦争嫌いと公言されている事でも有名でした。
ブルブル達を追う兵隊達の姿に、撃たれて倒れる2匹の親子の姿に、元軍人であるやなせたかしさんがどんな想いを込めたのか……。
これらの知識があってもなくても、この絵本に込められたメッセージは、読む者の心に響きますよ。
我が家の読み聞かせ
やなせたかしさんがこの絵本の表紙に描いたのは、目がキュルンとした愛嬌のある子ライオンと慈愛に満ちた優しい顔のお母さん犬がよりそう、仲睦まじい姿。
ウフフ、どんな微笑ましいお話なんだろう~、と初めて読み聞かせをした時、私は完全なる不意打ちを喰らいました。
ラストページの切なさ、遣り切れなさと言ったら……ブ、ブルブルーッ!!
産後に涙腺がめっきり弱くなった私は、初見で読んだ時はもう完全に涙声。
ほんわかした絵とは裏腹に、なんて胸が締め付けられるお話なんでしょう……思い出すだけでもウルッときます。
我が家の息子達、7歳と5歳時点では「ライオンはどうしちゃったの?」と質問責め。
そりゃそうでしょうね、死を概念として知ってはいても、ピストルで撃たれたらどうなるか、本当の意味でよくわかっていない年頃。
2匹の身に一体何が起こったのか、理解しきれないのは当然です。
が、私としては、絵本の解釈は子供でも大人でも個人に任せるべきと考えているので、物理的・科学的な事実については伝えても、心情などの細かい説明はしていません。
読んだものをどう受け止めるか、自分の中から汲みだすべきで、人に与えられた意見や解釈では心の成長を促せないと考えているからです。
疑問が疑問のまま終わったとしても、それはそれで意義がある事。
さあ、果たして息子達がこの絵本が描いたものの真の意味を理解できるのは何才でしょうね?
成長して、「そういえば、あの絵本……」と思い返してくれたら、読み聞かせた私としては本望なのですが。
あ、読み聞かせ初回にはオイオイ泣いた私でしたが、一応それからは読み聞かせする時はグッと涙をこらえて、平静に聞こえるように読み上げています。
でも、ちゃんと気合をいれておかないと、すぐに涙声になってしまいますけどね。
この絵本、親目線で読むと本当に……ううっ。
なお、絵本の最後には「ブルブルの子守歌」の楽譜(伴奏付き)が載っています。
もし、ご自宅で演奏できるようでしたら、弾いてみてくださいね。
ブルブルが小さなライオンのあかちゃんへ子守歌を歌う場面、このメロディに乗せて歌ってあげると、より沁みるものになりますよ。
まとめ
表紙に描かれる、ブルブルの「お母さん大好き」が溢れる笑顔とムクムクの心から愛おしみ慈しむ眼差し。
この仲の良い親子が穏やかな日常を過ごせる幸福、その幸福を簡単に壊すことのできる暴力の恐ろしさよ……。
もし、この絵本を手に取る機会がありましたら、 表紙裏の見開きをご覧くださいね。
ブルブルの無邪気な子供時代の姿が沢山描かれているのが、本編を読んだ後にこれまた心にグサグサ刺さる事、刺さる事……。
子ライオンの表情が幸福に満ちて愛らしいほど、悲劇がより際立つ仕掛け。
やなせたかしさんは、なんてエグい仕掛けをしてくれたんでしょうか。
読めば読むほど、年齢を重ねれば重なるほど、心を深くえぐってくる絵本。
読んだ後に、子供達が、そして、皆様が抱く想いはどんなものなのか、聞いてみたいです。
作品情報
- 題 名 やさしいライオン
- 作 者 やなせたかし
- 出版社 フレーベル館
- 出版年 1975年
- 税込価格 968円
- ページ数 約32ページ
- 対象年齢 4歳から
- 我が家で主に読んでいた年齢 4~6歳(次男5歳頃に「かわいそう!」と憤慨)