フランスならではのセンスが黒光りする絵本『すてきな三にんぐみ』。
色使いや絵のセンスがオシャレなだけでなく、日仏の笑いの違いもまざまざと実感できる、ビリッと毒の効いた1冊です。
この表紙、一見怖く見えるかもしれませんが、ホラー要素は一切ありませんので、ご安心ください。
その代わり、主人公達は強盗3人組……ね、ひと味違うでしょ?
ごく普通の絵本に見えて、心が温まるような、冷え込むような、複雑な味わいをどうぞ召し上がれ~。
簡単なあらすじ
主人公は、街道で馬車強盗を繰り返すどろぼう3人組。
馬をラッパで脅かし、胡椒で目潰しして、マサカリで車輪を壊す、華麗な連係プレーが得意技です。
まごうことなき立派な犯罪行為を繰り返し、お宝をストイックにためこむ日々。
しかし、ある日襲った馬車に乗り合わせた孤児の少女との出会い、これが3人組の運命を変えます。
少女の何気ない一言によって、3人組は強盗稼業から足を洗い、沢山の孤児達と一緒に暮らすことに……。
絵本の紹介
実は恐ろしくブラックユーモアが利いた絵本
子供目線では、どろぼう達の使う変てこりんな武器や金ぴかの財宝、みんなお揃いで着るとんがり帽子とマント、お城に住んでメルヘンチックな村ができていく様が楽しい絵本です。
3人組と孤児達、みんなで幸せに暮らしてめでたしめでたしだよね、良かった~!
それを大人目線で見ると……??
寄る辺のない孤児達へ手を差し伸べるのは、裕福な実業家でも、お偉い政治家でも、ご立派な宗教指導者でもなく、ご存じ、道端で強盗を繰り返してきたどろぼう3人組。
その3人組が、孤児達と家族のように楽しく暮らす為の城を今まで奪って貯めこんだ金品で買えば、その入口には次から次へと捨て子……城に暮らす子供の数はどんどん増える一方。
ラスト、在りし日の3人組の面影を宿す村が広がる光景は一見幸福で平和な様子に見えますが、村の成立に至る背景を考えると、ブラックな笑いしか浮かびません。
いや、どれだけ孤児と捨て子がいるのよ、この世界……。
社会が見捨て弾き出した子供達の救い手は、社会の枠から外れた犯罪者。
しかも子供の人数が村を作れるレベルって……、と社会への皮肉がナイフのように喉元へ突き付けられてきます。
孤児の扱いはその社会の成熟度や思想、状況などが色濃く反映されるもの。
庇護者である親を亡くした時、その受け皿が社会にどれほど用意されているか?
労働力として搾取していくのか、社会の階層底辺として扱うのか、子供は社会の宝として大切に育てていくのか。
弱者を切り捨てるかどうかを問われる時。
この絵本の世界では、「さびしい孤児」が山ほどいる辺り、状況はお察しです。
「どろぼう三にんぐみ」が「すてきな三にんぐみ」になれた幸せは、この絵本の孤児と捨て子が溢れる世界なしには成立しません。
さて、私達が住んでいる現実の世界と「すてきな三にんぐみ」の世界、どちらがどう違うのでしょうか?
子供が読んでも面白いけれど、ただの面白さに留まらず、大人になって理解が深まれば深まるほど刺さってくる皮肉の鋭さが何とも言えぬ持ち味です。
更に、絵について触れますと、暗く抑えた色調の中で印象を残すのは、背景に多用される青とポイントカラーとなる赤。
私は最初、フランス国旗に使われるトリコロールカラーが色調というか雰囲気を変えると、こんな色使いになるんだなあ、と感じたんですよ。
俗説では、フランスの標語である「自由・平等・博愛」とも結びつけられるトリコロールカラー。
この暗いトリコロールカラーで染められた絵本の世界で、「自由・平等・博愛」がどれだけ孤児達にとって意味を持っていたかを考えると、これまた大人目線では手厳しいなあと思うのは、斜め目線過ぎるでしょうか?
温かみのある訳にご注目
注目したいのは、今井祥智さんの訳の素晴らしさ!
決して難しい言い回しは使っていないシンプルな言葉運びなのに、絵本全体の雰囲気を汲み取った文章は大変に個性的です。
そして、最後は人間の心の温かさ、その人間が構成しているはずの社会への皮肉を両立させる結び。
……いやはや、お見事!
訳次第で生きも死にもする外国絵本の中でも、訳者の底力を見る気がします。
今江さんはトミー・ウンゲラーさんの他の絵本も訳していますが、私は以前同じ作者&訳者の絵本と気づかずに読んでいる内、その独特の文体で「これはもしや?」となりましてね。
訳の重要性、原作と訳の相性の大事さを絵本でも体感できる、良い経験をさせてもらいました。
作品と訳が見事にマッチしている様子は、一読の価値ありですよ。
我が家の読み聞かせ
表紙が少し怖いイメージがあるので、前半はちょっと声を低くして、間をゆっくりと取り、おどろおどろしい雰囲気を出しながら、読み聞かせ。
少女と出会った瞬間から、のんきで明るい雰囲気に読み方を変える事で、「おや、風向きが変わってきたぞ?」と思わせて、どろぼう達の変化を表現している……つもりです。
伝わっているかどうかは微妙ですけど、読み方を変えるのは、自分が読んでいて楽しいですよね。
我が家のちびっ子兄弟、どろぼう達が悪事に手を染めているというのは何となくわかる様子。
特に長男は6歳頃、物を盗むという行為を明確に理解していない為、なぜ急に馬車を停める必要があるのかと質問攻め。
やっと説明を終えても、何の為にそんな悪い事をする必要があるのか、と根掘り葉掘り聞いてきました。
うーん、そもそも悪い事ってなんだろう、どろぼう達にも実は深い事情があったら、どうする~?悪い人でも人助けをしたけど、本当はいい人なの??と一緒に考えてみましたが、なかなか答えはでません。
どろぼう達は悪い人なの?良い人なの?
子供心にも、黒か白かだけでは分けられないものがあると伝わるみたいですね。
さて、息子達がこの絵本の裏側に気づくのはいつ頃なのか、今から楽しみです。
まとめ
いやー、フランスらしい風刺がピリッと効いてますねー。
さすがはひとひねり効いたユーモアが好まれるお国柄。
日本人にとっては痛烈な皮肉に感じる笑い、ブラックジョークに強烈な批判精神を乗せる風刺を愛するフランスならではのお話。
読み聞かせる舌がびりびりしびれそう〜!
この絵本、どろぼうが主人公という点や雰囲気の暗さで、敬遠する大人も一定数いるんですよね。
気持ちはわかります、子供には世界の綺麗な部分だけを見せていたいし、絵本くらいは「明るく正しく美しく」を求めたくもなります。
でも、簡単に遠ざけないで、ちょっと考えてみてほしいんです。
この絵本が60年近くも世界で愛される絵本になっているのはなぜなのか。
子供の頃は純粋に楽しんでいても、大きくなれば違う意味を読み取って考える事ができるようになる、その世界の奥行こそが絵本の奥深さでもあるのではないかなあ……。
そんな想いを抱きつつ、今日も私はこの絵本を読み聞かせてます。
作品情報
- 題 名 すてきな三にんぐみ
- 作 者 トミー・ウンゲラー
- 訳 者 今江祥智
- 出版社 偕成社
- 出版年 1969年
- 税込価格 1,320円
- ページ数 38ページ
- 我が家で主に読んでいた年齢 3~5歳(長男、疑問を抱き始めたのは幼稚園年長の後半でした)