数ある野菜絵本の中でも、アイデアの秀逸さで光るのが、この絵本『やさいのおなか』。
取り扱うのは、南瓜・胡瓜・トマト・ジャガイモ・玉ねぎ……どこ家の食卓にも出てくる、何の変哲もない野菜ばかりです。
しかし、その野菜の事、皆様は本当によくご存じですか?
この絵本を読めば、ちょっと視点を変えるだけで、よーく知っているはずの野菜に隠された自然の造形や色彩の面白さが見えてきますよ。
この野菜、こんな形をしていたんだ、こんな色だったんだ……!?
モノの見方ひとつ変えるだけで、認識が変わる、世界の見方が変わる。
低年齢の幼児向け絵本とは思えぬ意外な深さに、子供だけでなく、大人も感心してしまうかも。
野菜の奥深~い世界、どうぞ心して味わってみて下さい。
絵本の紹介
野菜の造形美を視点を変えて楽しむ
低年齢の幼児向け絵本のこちらは、特にストーリーはありません。
あるのはシンプルな問いかけと答え。
ひとつの野菜を3段階、3ページに渡って描きます。
- 野菜をモノクロの切り絵風の断面で見せて、「これ なあに」と問いかけ。
- 切絵風の断面をカラーにした絵、ひらがなの野菜の名前。
- 写実的な絵でカットした野菜と全体像の2種類をカラーで描き、カタカナの野菜の名前で表示。
この3段階のパターンをそれぞれの野菜で繰り返していく事で、ごく自然に、これは野菜を切った絵なのだと子供に伝わるようになっている仕組みですね。
シンプルな構造ながら、読んでみると面白いんです!
野菜の断面図、しかもモノクロとなると、これが何の野菜なのか、大人でもちょっとわからないものが多いんですよ。
「ん?これ本当に野菜?」「これはどこかで見たような~?」の連続。
きゅうりのモノクロ断面図に至っては、私は「これは何だろう?」と首をひねり、とうとう答えを見るまでわかりませんでした。
普段見慣れたものが、視点を少し変えるだけで違ったものに見える新鮮さ。
形と色から得ているイメージが普段の認識にどれだけ大きい影響を及ぼしているか……よく知っているつもりでも、どれだけ思い込みがあるのか、を自覚させられます。
更に、野菜の断面が切り絵になってみると、その自然の造形美、色彩の美しさ、それぞれに改めて魅せられます。
まさか野菜を切っただけでアートに見えるだなんて、この絵本を読むまで思いもしませんでしたね~~。
そして、この野菜、こんな形をしていたんだ……という気づきを今自分が経験している事への驚き。
世界の何もかもが初めてで溢れている子供の視点、見るもの全てが新鮮な驚きに満ちている子供の視点を大人もリアルに一瞬味わえるかもしれない絵本なんて、他にはなかなかありませんよ。
いやー、すごいっ!
もちろん、絵本は子供の為のもの……前述した大人でも感じる新鮮な驚きを更に倍の倍の倍くらいにして味わえるのが、この絵本を読む幼児です。
幼児にはまだ、私達大人やある程度成長した子供達ほどの固定観念がありません。
自分が食べているものが一体何から作られているのか、どんな野菜が入っているのか、それすら把握しきれていない知識と経験の少なさ……その為、野菜ひとつをとっても、その色や形状の全てが「面白い」「楽しい」「綺麗」などの新しい発見と喜びに結び付くんですよね。
この絵本は、そのただでさえ「面白い」野菜をお腹の中まで見られる、形と色の両方をじっくり楽しめる作り。
好奇心が刺激される事請け合いです。
素晴らしきタイトル、そして表紙
このタイトルのつけ方、うまいじゃありませんか!
野菜の断面を「やさいのおなか」と表現してみせる作者のセンス、控えめに言って最高ですっ。
語彙も知識も経験も少ない乳幼児にどう表現したら、目の前の絵を野菜の断面だと納得してもらえる為のタイトルをつけるか……この難しい課題がすとんと腹に落ちてくる言葉、それが「やさいのおなか」。
長ったらしい説明など不要、子供自身の身体的感覚と野菜を直感的に結び付けるのに、これほど端的でわかりやすい表現のタイトルはなかなか思いつきません。
「野菜を切って、その開いた部分がこれで……」だなんて言うよりも、「これが野菜のおなかだよ」と言う方が、乳幼児への説得力は遥かに高いですよねー。
子供にとってのわかりやすさを同じ視点に立って追求しているだけではありません。
言葉を比喩で遊ぶ面白さすらも込められ、子供ながらに日本語の表現の豊かさを感じ取れるタイトル。
いや~、これどうやって思いついたのでしょうねえ。
私は野菜絵本の中でも、この絵本が特にお気に入りなのですが、それは秀逸なタイトル、言葉選びのセンスが素晴らしい、というのも大きな理由です。
このタイトルを掲げる表紙、これもまた素敵な一工夫が光りますね。
真ん中にどーんと描かれたモノクロの切絵、さあ、これは何の野菜でしょう?
ヒントは装丁の配色!
タイトル「やさいのおなか」に使われている緑色、背景に使われたオレンジがかった黄色……そう、言わずもがなのカボチャ色。
大人の皆様にはヒントを出すまでもなかったでしょうね。
しかし、絵本を読む幼児の中には、モノクロ切絵の形だけではピンと来ない子も多いはず……そんな子供達の為に、この野菜が一体何の野菜なのか、ヒントを色で暗示する遊び心が、表紙には込められているんですよ。
タイトルと同じく、この表紙も子供へのわかりやすさを追求してある、実にイイ表紙だとは思いませんか~?
我が家の読み聞かせ
この絵本を最初に読んだのは、長男が3歳になったばかりの頃。
一目見るなり、この絵本はお気に入り決定で、リクエストの嵐。
真剣に何の野菜か悩んでみたり、答えの野菜の名前を叫んだり、わざと間違って大笑いしてみたり、長男から出すクイズごっこにしたりと、親子で沢山楽しみました。
その日の食事で出た野菜はどれかを当てる遊びもして、自分の口に入る野菜が形を変えて料理になっていくのを知っていく食育の一環としても、役に立ってくれたと思います。
次男も言葉を話せるようになってきた頃から、やっぱりお気に入りでしたねー。
思い返せば、息子2人とも、語彙が増えてきて「これ何?」を連発する好奇心旺盛な2~3歳頃が特にこの絵本を好む傾向がありました。
自分の知っている知識と知らない知識の両方が出てくるのが刺激的だったのか、同じ野菜でも視点によって違って見えるのが面白かったのか……。
絵本の物語性を理解し始めた幼稚園入園以降の年頃には、手に取る頻度が減りましたが、私が台所で野菜を調理しているのを見ると、この絵本を持ってきて見比べるというのは何回もやっていましたね。
「本当に絵本と同じおなかをしてる!」と大発見したように喜んでいたのが、とっても懐かしいです。
まとめ
視点を変えると物事の見え方がガラリと変わる……これは今後成長していく中、大人になってからも覚えておきたい事ですね。
ひとつの考え、ひとつの見方に固執するのではなく、視点を変えれば見えるモノも変わり、考え方も変わっていく……その思考の柔軟性を持ち続けていけたら、きっと子供達の将来の力になってくれるのではないでしょうか。
色んな発明やアイデアを生み出す力も、問題や悩みを解決する力も、思考の柔軟性があればこそ。
考え方次第で、物事はプラスにもマイナスにもなる!
たかが野菜の切り方ひとつで大げさな、とお思いかもしれませんが、これが小さな一歩になる可能性は捨てきれませんよ~。
なにしろ、子供は可能性の塊ですものね。
もしかしたら、この絵本がお子さんの発想力を促し、将来のアイデア博士を生む道のりの糧になってくれるかもなんて、ちょっとサイズの大きな期待をするのも面白いかもしれません。
作品情報
- 題 名 やさいのおなか
- 作 者 きうちかつ
- 出版社 福音館書店
- 出版年 1997年
- 税込価格 1,100円
- ページ数 47ページ
- 対象年齢 2歳から
- 我が家で主に読んでいた年齢 1~4歳(2~3歳が特にフィーバー)