絵本むすび

実際に読み聞かせしたオススメ絵本・児童書の紹介ブログ

絵本むすび

絵本『くまのこうちょうせんせい』実話を元にした、命を問うお話

スポンサーリンク

スポンサーリンク

もし「余命3カ月」を宣告されたなら、あなたはどう生きますか?

この絵本は、がんによる余命3ヵ月の宣告を受けた1人の校長先生の実話を元に作られました。

かつて、生徒へ自らの病で弱りゆく姿をありのままに見せる事で、命について共に考える授業「命の授業」を最期まで続けた校長先生がいたのです。

闘病生活を通じて知ったという、小さな声にも耳を傾けて、弱さへ寄り添う大切さ。

教師として、人間として、問い続けた、精一杯生きる意味。

これは、1人の校長先生が遺した、「生きる」事についてのメッセージが込められている、くまのこうちょうせんせいのお話です。

 

 

 

簡単なあらすじ

毎朝学校にて、大きな声で挨拶するくまのこうちょうせんせいと小さな声しか出せないひつじくん。

くまのこうちょうせんせいは、いつか大きな声で挨拶できるよと、ひつじくんを励まします。

そんなある日、くまのこうちょうせんせいは病気で入院し、学校を長くお休みしてしまいました。

痩せて小さくなったくまのこうちょうせんせい、お医者さんから辛うじて許しを得て、学校には戻ってきたものの、前のような大きな声は出せなくなっていて……。

 

絵本の紹介

弱さを抱えて精一杯生きる、ということ

ひつじくんが小さな声しか出せないのには、訳があります。

大きな声はひつじくんにとって、両親の喧嘩の大きな声、母から叱られる大きな声など、悲しく怖いものばかり。

ひつじくんの家庭環境が芳しくないと匂わせる文章がさらっと差しはさまれ、ひつじくんが大きな声を出したくても出せない、子供なりの心の苦しみを背負っている事を暗に教えてくれます。

そういえば、ひつじくん、作中での笑顔がほとんどないんですよ。

表紙の絵を見ても、みんな笑顔なのに、ひつじくんだけは笑顔がないでしょう?

とっても優しい子で、勇気を出したいと一生懸命もがいている頑張り屋なひつじくんですけれど、自分に自信がなく、安心できる自分の居場所もないみたいに見えます……。

 

 

 

 

一方で、大きな声で元気よく、がモットーだったくまのこうちょうせんせい。

以前は元気一杯だったのに、声もうまく出せない、ご飯も食べられない、少しも無理が利かない体になってしまった時、くまのこうちょうせんせいは初めて、大きな声を出したくても出せない時がある事を知るのです。

病を経験して、身をもって弱さを知る事で、それまでの価値観がぐるっと180度入れ替わる……その人生の大転換は、どれほどの衝撃なんでしょうね。

 

人には、大きな声を出したくても出せない、頑張りたくても頑張れない、強くなりたくても強くなれない時が誰にでもあります。

そんな時に「大きな声を出して」「頑張って」「強くなれ」と言われても、自分でもどうにもできない事だってあるのです。

どうにもならない時に必要なのは、頭の上から降ってくる言葉ではないありません。

弱さに寄り添い、小さな声に耳を傾ける。

それだけで、いやそれこそが、どれだけ人の心を救うか……。

くまのこうちょうせんせいは、以前も明るく優しい素敵な先生だった事は間違いないけれど、ひつじくんと同じ弱い者の苦しみを味わって、初めて自分が見えていなかった大切なものを取りこぼしていたと自覚するんですね。

 

種類は違っても、心の苦しみ、弱さを負った者同士として、改めて話をするくまのこうちょうせんせいとひつじくん。

くまのこうちょうせんせいがひつじくんへ謝罪の言葉を掛けた直後に倒れた時、ひつじくんはついに自らの殻を破って、大きな声を出して、助けを呼ぶ事に成功します。

自分自身への驚きと「できた!」という喜びから、ひつじくんが見せる初めての笑顔。

ひつじくんは、自分が誰かに必要とされていると感じて、初めて自分の居場所を見つけたんじゃないしょうか。

ひつじくんは成功体験を経て、くまのこうちょうせんせいが自分を理解し必要としてくれている事に自信を得て、大きな声で話せるようになります。

長らく超えられなかった山をひとつ乗り越える……心の傷ついている子供にとって、それがどれほどの大きな意味を持っているのかを想像すると、胸がぎゅーーっと締め付けられますね。

 

くまのこうちょうせんせいも、ひつじくんの勇気と笑顔を見て、自分が以前取りこぼしていたものを今度はしっかりと掴む事ができたと実感した、と思うのですよ。

くまのこうちょうせんせいは、大きな声で生きる強さ、小さな声で生きる弱さ、どちらも知っている存在になったんですね。

 

現実問題として、ひつじくんの家庭問題も、くまのこうちょうせんせいの病気も、一向に解決はしていません。

けれど、病気でもいい、弱くてもいい、根本的な苦しみは変わらなくても、この手で今できる事をやって、懸命に生きていく。

ラスト、全てを抱えて生きていこうとする覚悟の上で、病院から学校へ向かうくまのこうちょうせんせいが浮かべる満面の笑みからは、病の影は伺えません。

与えられた人生を精一杯生き抜こう、というメッセージが込められています。

 

 

『くまのこうちょうせんせい』が生まれた経緯

この絵本は元々、実話から生まれたお話です。

神奈川県茅ケ崎市にある浜之郷小学校の校長先生、大瀬敏昭さんが、6年間に渡るがんとの闘病生活を送った事から全ては始まりました。

晩年にはついに余命宣告を受けながらも、病院から学校へ通い、自らの死が近づいている様を生徒へありのままに見せる事で、迫りくる「死」に向き合い、「命の大切さと生きる意味」を伝えたその姿……「命の授業」は当時全国的なニュースにもなったんですよ。

自らに与えられた命にどう向き合うか、命とは何か、を問い続けた大瀬さんは2004年に亡くなられましたが、同年の初夏に、生前交流があったシンガーソングライターのこんのひとみさん、そして絵本作家のいもとようこさんの手で、多くの子供達へ「命の授業」を届けようと、生み出されたのがこの絵本『くまのこうちょうせんせい』です。

 

当時の一連のニュース、私も新聞やテレビで見ていましたよ。

死が怖くなかったはずはないのに、病気が苦しくなかったはずもないのに、教育者として、人間として、最期まで懸命に生き抜こうとした大瀬敏昭さんの話には、とても強く印象に残りました。

葛藤しながらも覚悟を決めた人間の強さはどれほどのものなのか……。

同じ立場だったとして、自分にそんな覚悟ができるだろうかと思ったら、当時も今も自信が全くありません。

 

ただ、白状しますと……亡くなられた後に、その話を元に絵本を出版したというニュースには、私は正直あまり良いイメージがなくて……。

耳触りの良い美談に仕立てて、お涙頂戴の絵本にしているだけなのでは、と勘繰っていたんですよね。

時が経ち、息子達が生まれて、この絵本を読み聞かせる機会が巡ってきた時、自分の大きな勘違いに気付かされました。

 

この絵本は、感動を押し付けるような絵本でもなく、死を扱う絵本ですらありません。

確かに、主人公のくまのこうちょうせんせいには病の影が色濃く差していますが、前述の通り、メインに描かれているのは、弱さを抱えてどう生きるか、という事。

どんな状況になろうとも生きていこうとする希望に満ちている絵本だと、もっと早く気づけば良かったー!

もうね、ぜひ、老若男女問わず、できる限り沢山の人達に読んでほしいです。

かつての私みたいに思い込みで敬遠している方がいらしたら、もったいないですよ。

なんなら、大人の皆様は、実話云々の説明なんて、頭から一切カットして読んでください。

このブログを読んでいる時点で既に手遅れかもしれませんが、事前知識なんてなくとも、心に深く響くものがある絵本ですから!!

 

 

いもとようこさんの絵の必要性

この絵本、そもそもの発端である大瀬敏昭さんの「命の授業」が根本的に生と死へ根差しているので、絵本化するのは相当に難しかったと思うのですよ。

くまのこうちょうせんせいの死こそ描かれてはいませんが、回復を明言されていない病の重さにはリアリティがあります。

ヤギのお医者さんもブタの看護師さんもニコニコ笑顔で優しいんですけれど、闘病生活の象徴である訳で……。

くまのこうちょうせんせいは、結局病気のまま。

ラストシーンにも、お医者さんと看護師さんの姿があり、病の存在感はやはり大きく影を落としているんですよね。

けれど、その影を照らして、絵本のバランスを見事に取っているのが、いもとようこさんの絵です。

 

 

 

 

いもとようこさんは、ふわふわとした柔らかさと暖かさを感じる和紙のちぎり絵技法と、繊細な色彩の変化を駆使した、幸福感を感じさせるタッチの絵で、多くのファンがいる絵本作家です。

この優しく可愛らしい絵が、悲しみや淋しさを包んで描かれると、一層沁みいるというか、心が揺さぶられるんですよねー。

 

この絵本でも、いもとようこさんの描く絵が、くまのこうちょうせんせいとひつじくんが背負っている苦しみを丸く包み込みます。

2人の背中に重荷がのしかかっている分、いもとようこさんが描く、くまのこうちょうせんせいの愛情に満ちた笑顔、ひつじくんが見せた初めての笑顔が、余計に眩しい!

ラストシーンにて、病魔など微塵も感じさせない、スキップでもしそうなくらい弾む足取りのくまのこうちょうせんせいは、自分の人生を生きられる喜びで満ち溢れていて……読んでいる側としては、それまでの弱った姿や苦しみを知っている分、学校へ行ける「今」を幸福に生きるくまのこうちょうせんせいの姿に感動します。

昔は、なぜ「命の授業」の絵本がこんなに可愛らしい絵なのか、と不思議でしたけれど、生と死を考える「命の授業」の絵本だからこそ、少しでも温もりと希望をもたらす、いもとようこさんの絵が必要だったのでしょうね。

 

 

我が家の読み聞かせ

我が家の長男、赤ちゃんの頃から人見知り場所見知りが激しく、恥ずかしがり屋で大きな声で挨拶するのが苦手。

心の中で色んな思いや意見が渦巻いているのでしょうに、それを言葉にするのが難しいみたいで……泣く時も大声で泣くのではなく、押し殺すように泣くタイプなんです。

長男5歳になったばかりの頃、この絵本を初めて読んで、多少の違いはありますけれど、ひつじ君と長男に重なるものを感じて、ものすごく考えさせられました。

 

それまで、私は長男には長男の良さがあると頭ではわかっていても、心のどこかではイライラするものもあったんです。

挨拶は誰にでも大きな声でしてほしい。

説明を求められたら、はっきり話せばよいだけなのにどうしてできないんだろう。

やればできるのに、どうしてさっさとやらないの??

長男の個性だとはわかっていても、何にでも尻込みする長男にため息をつきたくなる事もしばしば。

もっと元気よく、知らないモノにもどんどん挑戦するガッツを持てばいいのに……。

 

でも、この絵本を読み、長男も本人なりに一生懸命なんだよね、と改めて気づかされました。

こんのひとみさんが書いたあとがきに、大瀬先生の言葉が紹介されています。

 

「子どもはあかるく元気がいちばんと、大人はおもいこんでしまいます。でも本当は、子どもはちいさくてよわいものなのです。子どもたちのいたみをわかちあうのが、大人の役目だとおもいます」

(引用元:金の星社 こんのひとみ(文)・いもとようこ(絵)『くまのこうちょうせんせい』2004年出版)

 

いやー、この言葉、私にはグサッと刺さりました。

当たり前ですが、子供は大人ではありません。

子どもは大人ほど強くない。

子供に大人と同じ強さを求めるのではなく、子供の弱さへ寄り添う。

上から諭して引っ張り上げようとするのではなく、長男の不安や思いを分かち合えばよかった……と母として、反省です。

大きな声で自分の意見をはっきり言えるように「長男が変わる事」を求めるのではなく、長男の小さな声に耳を傾けて、こちらから歩み寄っていく「自分が変わる事」を選んでごららん、とこの絵本からは教えてもらいましたよ。

 

長男はもうすぐ8歳、かなり大きくなりましたが、性質は昔と変わりはありません。

私の方も、イライラする事はまだまだあります。

もし、「この子はどうして……」という思いが強くなり過ぎた時は、『くまのこうちょうせんせい』を読みます。

今、長男は長男なりに精一杯に生きている、その心に寄り添っていこう、という思いを忘れない為にも、これから何回でも読む事になるでしょうね。

そして、いつか勇気を出して一歩を踏み出せるように、この絵本が長男の力になってくれたらいいなあ、とも期待しているのです。

 

もし同じように我が子へイライラする思いを抱えている方がいらっしゃいましたら、この絵本を読んでみてはいかがでしょうか?

もしかしたら、少し見方を変える事ができるかもしれませんよ。


 

まとめ

『くまのこうちょうせんせい』は、何歳で読んでも、きっと心に響くものがあるはず。

とっても、とっても素晴らしい絵本ですので、どうぞ手に取って頂けると嬉しいです。

1人の人間が文字通り、命懸けで問うてきた「命」についての想いを写し取ってあるのですから、これからを生きる子供達の人生の助けにならないはずがありません。

子供が小さい頃には、読み聞かせてもまだ深い理解には及ばないでしょうが、成長していく内に、生きていく上で大切なコトが描いてある、と気づくでしょう。

悩みがある時には、強くなくてもいいんだよ、弱くてもいいんだよ、と教えてくれるでしょう。

今すぐにはわからなくても、この絵本の記憶が必要な時に生きる為の力になってくれる、そういう1冊ですよ。

 

 

作品情報

  • 題 名  くまのこうちょうせんせい
  • 作 者  こんのひとみ(文)・いもとようこ(絵)
  • 出版社  金の星社
  • 出版年  2004年
  • 税込価格 1,320円
  • ページ数 32ページ
  • 対象年齢 4歳から
  • 我が家で主に読んでいた年齢 5~7歳(幼稚園年中から読みました)